大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)2号 判決

原告

笠原敬之

右訴訟代理人弁護士

荒木和男

宗万秀和

釜萢正孝

近藤良紹

早野貴文

田中裕之

被告

コスモ信用組合

右代表者理事

泰道三八

右訴訟代理人弁護士

荒井洋一

松本啓介

田中徹男

國部徹

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇七万〇九一〇円及びこれに対する平成四年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(確定判決の存在)

原告は、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を訴外濱野茂(以下「濱野」という。)に賃貸し、濱野は、右土地上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していたが、原告は、賃料不払いによる右賃貸借契約の解除を理由として、濱野から本件建物を取得した山口家成に対しては本件建物の収去、本件土地明渡を、濱野及び同人が関係する会社二社に対しては本件建物からの退去、本件土地明渡を、それぞれ求める訴訟を提起し(東京地方裁判所平成元年(ワ)第一七二二九号建物収去土地明渡等請求事件)、平成二年七月三一日、請求認容の判決の言渡を受け、同判決は確定した(以下「本件明渡訴訟」という。)。

2(第三者異議訴訟の提起と執行停止)

原告は、本件確定判決に基づき代替執行の許可を得て、執行に着手しようとしていたところ、本件建物について根抵当権設定登記を有していた被告は、原告に対し、第三者異議の訴え(東京地方裁判所平成三年(ワ)第一六五三号。以下「本件異議訴訟」という。)を提起するとともに、強制執行停止の申立を行い、平成三年二月一五日、強制執行停止決定がされた(以下「本件執行停止」という。)。

3(本件異議訴訟の経緯)

本件異議訴訟は、平成三年九月二六日、第一審において請求棄却の判決がされ、さらに平成四年六月二四日には控訴棄却の判決、同年一一月二〇日には上告棄却の判決がされ、原告の勝訴が確定した。なお、本件執行停止は、平成四年六月二四日の右控訴審判決において取り消された。

4(被告の損害賠償責任)

(一)  強制執行停止の裁判は、申立人の一方的な疎明に基づいてされるものであるから、本案である異議訴訟において異議の理由のないことが明らかになった場合には、民事訴訟法一九八条二項を類推して、申立人は、故意過失を問うことなく、当然に執行債権者の損害を賠償すべき責任を負うものと解すべきである。したがって、被告は、本件執行停止により原告が被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(二)  仮に右(一)が認められないとしても、本案訴訟において申立人主張の異議事由が認められなかったときは、申立人の過失が強く推定されると解すべきであり、申立人は、異議事由があると信ずるにつき合理的かつ確実な根拠がない限り、損害賠償の責めを負うというべきである。被告が本件異議訴訟で主張した異議事由は、原告と濱野との間の賃貸借契約に解除事由が存在しないこと、判決は、訴訟当事者間の通謀又は賃貸借の実質的合意解除によって得られたものであること、被告の根抵当権を害する意図で訴訟が進行されたもので、強制執行は権利の濫用であることの三点であったが、それらはいずれも具体的な根拠に基づくものではなく、理由のないことが明白であり、被告は、本件執行停止を申立てるについて、異議事由がないことを知っていたか、又は知らないことに過失があったというべきであって、民法七〇九条に基づき、本件執行停止により原告が被った後記損害を賠償すべき責任がある。

5(原告の損害)

原告は、本件執行停止の決定がされた平成三年二月一五日から、同決定が取り消された平成四年六月二四日までの間、建物収去土地明渡の執行をすることができず、その間、本件土地を利用することができなかった。平成三年二月一五日当時の本件土地の賃料相当損害金は月額六万五七〇〇円を下回ることはないから、右執行停止期間中(一六か月と九日)に本件土地を利用できなかったことによる損害は、一〇七万〇九一〇円である。

6 よって、原告は被告に対し、主位的に民事訴訟法一九八条二項の類推による損害賠償請求権に基づき、予備的に民法七〇九条に基づく損害賠償請求権に基づき、一〇七万〇九一〇円及びこれに対する平成四年六月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2(一)  同4の(一)は争う。

強制執行停止決定を得た者が本案で敗訴した場合に、民事訴訟法一九八条二項を類推適用して、無過失責任を負うとする原告の主張には、根拠がなく、独自の主張に過ぎない。

(二)  同4の(二)のうち、被告が本件異議訴訟で主張した異議事由が原告主張の三点であったことは認めるが、その余は争う。

本件明渡訴訟については、まだ地代不払いが二か月分に過ぎないのに訴えを提起していること、濱野は、防禦活動を全く行わず、信頼関係の破壊の点も含め原告主張の請求原因事実を全面的に認めて、控訴もせずに判決を確定させていること、原告は被告担当者に地代不払いの事実を秘匿したことなど不審な点があったことから、本件異議訴訟を提起したものであって、本件異議訴訟の提起及び本件執行停止の申立てについて、被告に故意過失はない。

3  同5は争う。

第三者異議の訴えに伴う執行停止決定は、当該異議訴訟で請求棄却の判決が言渡されたことにより当然に効力を失うのであるから(民事執行法三六条一項)、本件執行停止は、本件異議訴訟の第一審判決が言渡された平成三年九月二六日をもって失効したというべきであり、右言渡時以降の損害を求める原告の主張は失当である。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二第三者異議等の訴えに係る執行停止の裁判は、申立人が勝訴の確定判決を得た場合に備えて、その権利保護を実効あらしめたるため、受訴裁判所が本案の訴えにつき終局判決の言渡をするまでの間暫定的に強制執行の停止等を命ずる仮の措置であるが(民事執行法三六条、三八条)、後に異議の事由がないことが確定された場合の申立人の責任については、民事執行法は何らの規定も設けていない。

原告は、このような場合、申立人は民事訴訟法一九八条二項の類推適用により過失の有無を問わず執行債権者の被った損害を賠償する責めを負う旨主張するが、右条項は、仮執行による判決確定前の執行という利便を認めたことの反面として、右仮執行により又はこれを免れるため被告に生じた損害を迅速に回復させるために、仮執行債権者に対し、過失の有無にかかわりなく賠償責任を認めたものであり、これは、民事訴訟法が仮執行債権者に課した特別の無過失責任というべきであって、終局判決までの間執行を一時的に延期する措置に過ぎない執行停止の裁判について、右規定を類推適用する余地はなく、原告の主張は独自の見解であって採用することはできない。

したがって、原告の民事訴訟法一九八条二項の類推に基づく損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

三しかし、執行停止の申立人が、その申立てにあたって、異議の事由のないことを知り、又は知らなかったことに過失があるときは、右申立人は、民法七〇九条により、これによって執行債権者が被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。そして、第三者異議等の訴えを提起して執行停止を得た後に、その異議の事由がないとして申立人敗訴の判決が確定した場合には、申立人において、右執行停止の申立ての挙に出るについて相当の理由があったことなど特段の事情のない限り、申立人に過失があったものと推定するのが相当である。

そこで、本件において、右特段の事情があったかどうかについて検討する(なお、原告は、被告の故意をも主張するが、本件全証拠によっても、被告が異議の事由のないことを知りながら本件執行停止を申立てたと認めることはできず、原告の右主張は失当である。)。

1  被告が本件異議訴訟で主張した異議の事由が、原告と濱野との間の賃貸借契約に解除事由が存在しないこと、判決は、訴訟当事者間の通謀又は賃貸借の実質的合意解除によって得られたものであること、被告の根抵当権を害する意図で訴訟が進行されたもので、強制執行は権利の濫用であることの三点であったことは、当事者間に争いがなく、〈書証番号略〉、弁論の全趣旨によれば、①原告は、平成元年一〇月頃の競売事件の現況調査において、濱野が同年一〇月までの賃料を支払っており、滞納はない旨陳述していること、②それから約二か月後の同年一二月一九日、原告は、賃料不払い及び賃借権の無断譲渡を理由に賃貸借を解除したうえ、同月二七日には本件明渡訴訟を提起していること、③右解除の時点では、賃料の滞納は二か月分(一か月六万五七〇〇円)に過ぎなかったが(訴状送達の時点では、不払賃料は三か月分であった。)、濱野が訴え提起後も不払いを続けたため、口頭弁論終結時である平成二年七月一〇日には、九か月分の滞納となっていたこと、④原告は、訴訟提起前から、本件建物の競売事件が係属中であることを知っており、平成元年一二月二七日、競売裁判所に対し、賃借権の無断譲渡を理由に賃貸借を解除し建物収去土地明渡の訴訟を提起した旨の上申書を提出していること、⑤被告の担当者は、原告が訴訟を提起する前日である平成元年一二月二六日に、原告に対し、本件土地の賃料の支払状況を電話で問い合せたが、原告は、これに答えようとしなかったこと、⑥本件明渡訴訟において、被告であった濱野及びその関係会社は、賃料が不払いであること、今後も賃料を支払う意思がなく信頼関係が失われたこと等、原告の主張する事実を全面的に認めたこと、⑦そして、濱野らは、訴訟代理人に委任しながら、特段の防禦手段も講じないまま、原告勝訴の判決に対しても控訴することなくこれを確定させていることが認められる。〈証拠判断略〉。

2 右認定したとおり、原告が本件明渡訴訟を提起した時点では、濱野の賃料の滞納は三か月分(月額六万五七〇〇円)であり、解除時点において、その不払いが信頼関係の破壊をもたらすものといえるかどうかについては争う余地があったと思われるところ、濱野らの訴訟追行態度は、かなりの価値を有すると窺われる借地権を失うことに照らすと、いささか不自然な点があるといわざるをえないこと(〈書証番号略〉によれば、本件異議訴訟の第一、二審判決も、濱野らの訴訟追行態度には不自然、不可解な点があることは否定できない旨判示している。)、右のことに加え、原告は、本件建物についての競売事件が係属していることを知っていたことや、訴訟提起の前日に、被告担当者の賃料支払状況に関する照会に対して回答しようとしなかったことなどを併せ考えると、被告が、原告の解除の有効性を争い、あるいは通謀による解除ないしは実質的な合意解除ではないか(被告の根抵当権の侵害を目的とした)と考えたことには相当の理由があったということができるのであって、本件異議訴訟において、被告の右主張が容れられなかったとしても、その一事をもって、本件執行停止の申立てにつき、被告に過失があったと断ずることはできないというべきである。

したがって、原告の民法七〇九条に基づく損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当というほかない。

四以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官佐藤久夫)

別紙物件目録

一 土地

所在 台東区今戸二丁目

地番 一〇三番一

地目 宅地

地積 1008.79平方メートル右のうち、別紙図面上の点イロハニイを順次結んだ線で囲まれる部分

二 建物

所在 台東区今戸二丁目一〇三番地一

家屋番号 一〇三番一の六

種類 店舗事務所居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積

一階 142.05平方メートル

二階 139.89平方メートル

別紙図面〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例